ムネサカ古墳群(桜井市粟原)


1号墳

 

丘陵上にある古墳で近年山道が幾分整備されましたが、見つけにくい古墳のひとつです。 ムネサカ古墳群と呼ぶ場合がありますが4基の内2基はすでに消滅しており通常ムネサカ古墳といえばこの1号墳を指します。県史跡で径45m、高さ8mの2段築成の円墳です。こんな山奥にこんな巨大な石室があったとはと、誰もが思う古墳です。

 

石室の全長は16.6m、玄室長4.6m、幅2.7m、奥壁、側壁ともに2段積みの花崗岩の切石を使っており壁の隙間には漆喰が詰められており今も見ることが出来ます。石室の様式は明日香村の岩屋山古墳とほぼ同スケールですが岩屋山ほど切り石は平坦化されていません。しかし逆に、この山中ですのでワイルド感たっぷりとも言えます。被葬者は近くにある粟原寺の建立に関係した中臣氏との関連が考えられます。       

2号墳

ムネサカ古墳(一号墳)の北西側に位置する古墳で同一丘陵上に隣接して築造されておりその関係が注目されています。古墳の規模は直径約23m・高さ約5mで1号墳よりひとまわり小さな円墳です。

埋葬施設は南向きに開口した両袖式の横穴式石室で1号墳同様、花崗岩の大型の切石状の石材が用いられ、全長は約10mでかなりの土砂が入り込み現高は約80㎝、高いところでも120cm。奥壁・側壁共に2石の2段積みの様子が見て取れます。

 

築造年代は本格的な調査は行われていないので全容は不明ですが石材の加工等1号墳より若干古い要素が見られるものの、さほど年代差はなく7世紀初頭頃の築造と思われます。石室内の見学は可能ですが羨道部、玄室部共に土砂が入り込み腹ばいで玄室部分までやっと入れるという感じです。配置された双墓ではないかと言われています。 

 

見学は可能ですが羨道部、玄室部共に土砂が入り込み腹ばいで玄室部分までやっと入れるという感じです。配置された双墓ではないかと言われています。